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予習復習

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予習復習

  • 「白河学」ひよこ隊の予習復習

2009年7月30日
ひよこ1 金子誠三先生の言っていた白河市小田川の八幡神社へ行ってみたいわ。
ひよこ2 私の自宅から近いから案内するよ。
隊長の運転で八幡神社へと向かう。ひよこ2の道案内で小田川集落を過ぎ泉川を渡って左に平行して走る東北自動車道の下を左折で潜るとすぐに細い参道を行くと思ったより立派な神社があった。
ひよこ1 金子翁の話では崖があって古代には魔崖仏や文字の刻んだ碑のようなものが刻まれていたかもしれない、って話してくれたヮ。それで興味がわいたの。でも私、勘違いしていた、崖の上に神社があるのかと思っていたらすごい岩の崖の下にあってびっくり。
山の半分南面を抉り切ったように崖は縦に節理をなして岩壁の大屏風を見るようである。鳥居は屋根つきで風格があり大きな月読尊の石碑や伊勢神宮参拝や式年遷宮の記念碑がやたらにある。辺りは薄暗く石段は苔むしてつるつる滑って足元が危うい。石段の上に古式蒼然とした拝殿や宮があった。禰宜職の奥様が周囲を清掃し石段の苔を箒で削ぎとっている。滑るから気をつけなさいと声をかけてくれたので、参拝の許可を戴き祭りでもあるのですか、と質問する。どうやら8月2日に虫送りの神事があるらしい。
隊長   しかし、驚いたネ。奥に聳えた大岩壁、金子翁の言っていた魔崖仏や岩への刻みが見つかるか、登って探そうや。
ひよこ2 自宅に近いけど初めて境内に入ったヮ。ああ、上の崖から落下したのかな、この大岩、朧げに仏の姿が彫ってあるわ。
ひよこ1 あのモアイ像のような岩も仏像よね。隊長、脇の建物はなに?
隊長   御神楽殿って書いてあるだろ、神に舞や能を奉納する舞台なのかな。横の銀杏の木が太くて立派だね。これも依り代となる御神木かもな。
うっすらと分かる上へ登る細道を行くと、大岩壁も西へ続いている。次に開けた上の段の広場も岩壁の下にあって、中央に丸い小山がある。
ひよこ1 ウワー、何これ、古墳じゃあない。
ひよこ2 手前に突き立てられた石碑に山の神神社って書いてあるよ。
隊長   どう見ても円墳だな。不思議な空間だネ。円墳とはいえ少し西に流れて小さな前方後円墳のようでもあるよ。この広場人工的に作られているし、管理もされていて、崖に沿うあの杉も枝打ちされてるョ。神々しい風景だね。
ひよこ1 あそこの岩壁、なんとなく鉄鑿で削られて打ちつけたような痕跡に見える。
ひよこ2 何か書かれて風雪に朽ちたようにも見えるヮ。
隊長   石切場だった時代もあるかもな。思いもよらぬ面白い所だから虫送りの神事の日にカメラを持って再来訪しよう。
虫送りの神事の日、寝坊をして行けなかった。8月8日カメラを持って再来訪。入り口の高速道路下に「八幡神社」の石碑、側面には「岩窪切岸城址」と彫られている。やっぱりこの神域は城跡であった。祖廟としての古墳、石切り場、城、そして神社が時の流れの中に各々、機能してこの山に幾重にも畳込まれ、今は静かに八幡の神の杜に沈殿している。脇の高速道路を盆の帰省の車がハイスピードで流れてゆく。

画像の説明

  岩窪切岸城址と書いてある。

画像の説明
  切り立った岩壁の下に円墳のようなものが現れる


第1回目の「白河学」の授業が開始された。初回の講師は金子誠三翁、テーマは本人の希望で無題。白河地方のよもやま話を想うままに、アットランダムに、話す、とされたがとりとめない話ですといいながら進む講義は実はとんでもなく重要なポイントが溢れ、いつもメモを取らない私もついメモ取りに忙しくなった。
参加者19名、まだ名も知らないメンバーも多く、金子翁の問いかけに皆緊張のせいか誰も口火を切らない。しかし金子翁の準備した内容は概ね消化し、まずまずの勉強会であった。
後日、熊田、山口、私で(以下ひよこ隊とでもする)講義の復習会をする。
私(隊長)二人ともどうだった?内容が古臭くって飽きちゃったりしなかった?
熊田(ひよこ1)ううん、そんなことない。分からないことはいっぱいあったけどメモ取りが忙しくって、ひよこ2なんてカリカリペンばっかり走らせてたよ。
山口(ひよこ2)隊長、じゃあ笑わないでよ。翁の話に「タテ」ってあったよね。何よ。
(ひよこ1)そうそう、私も音声で「タテ」って聞いても分からなかった。
(隊長)「館」だよ、でもいい疑問だね。私達でも城と館と塁とを詳しく分かってないんだ。皆もそうだと思うよ。そんな疑問こそ大切だって翁も言ってたじゃない。今ベストセラーの「思考の整理学」の外山滋比古翁も同じこと言ってるよ。知識を積んでしまうとダメなんだって。しかし、白河市内にそんなに館があってその多くが寺などになっている、ってのもびっくりだよね。勉強するテーマが出来たね。館の意味と歴史を各自宿題だよ。
(ひよこ1)館に井戸が必需品だってのもおもしろかったわ。
(ひよこ2)だって、人以前の白河の地形や阿武隈川や谷津田川、社川が今のようには流れていないってのも想像できないよ。あと原阿武隈川とか河川争奪とかあの話引き込まれました。
(隊長)金子翁は歴史だけの専門家ではなさそうだね。
(ひよこ1)はぜの木って話、あったよね。はざ?はぜ?翁と隊長との対話では隊長はハザキって言ってたよね。わたし新潟で見たことがあるけどひよこ2は分かった?
(ひよこ2)どんな字を書くの?ネットで調べようよ。インターネットを開く。
(ひよこ2)いろいろヒットするけど隊長、どれのこと?
(隊長)ああ、これ稲架って書いてハサって読むんだね。刈り取った稲を乾燥させるために架けて乾かす装置でハツキ、オダカケとも言うらしいな。田面の木ともいうところもあるらしい。ハゼの発音では櫨って木があるよ。櫨ノ実なんとか、って童謡で歌った気もする。たしか漆みたいな木じゃないかな。
(ひよこ1)千葉方面で刈り取った稲の乾燥に稲架木と書いてハザキがあるわ。
(ひよこ2)ああ、新潟地方に出てるヨ。今は珍しい風景となって写真家や観光客が見に行くそうヨ。
(隊長)ようするに田の畦畔などに生きた木を枝打ちして並木のように林立させて秋に稲の乾燥に木組をするんだネ。まてヨ「肥料にもなる」って書いてあるけど、どうゆうことだろう。もしかして野本寛一「生態と民俗」に出てくるヒコバエ利用の話があってネ、それかもしんないヨ。「昭和30年代まで春になり、台木の先端に若い枝葉がのびると刈り取って水田の緑肥にして利用してきた。これを刈敷きといい、古代から水田の施肥には牛馬の厩肥とともに欠くことができないものであった。」とあるぞ、きっとこのことだ。
(ひよこ1)そういえば、旧東村にも刈敷坂の地名があるわよネ。
(ひよこ2)だから翁の言うように生の生きた稲架木も組んだハザキも白河地方にもついこの間まであったのネ。
(隊長)でも俺が見た新潟地方のハザキの木は漆の種類ではなかったような気がするが。
(ひよこ2)あっ、ネットにある、新潟県の林業のホームページかな、ハザキにはトネリコ、ハンノキが使われる。って。
(ひよこ1)金子先生の話でこんなにも膨らんで勉強が出来た。嫌いだった学びが楽しくなったヨ。予習も復習も楽しくやれそうヨ。
(隊長)「白河学」ひよこ隊の始まりだ。
                    文責・鈴木達雄

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